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安室ちゃんの引退を受けて決めたこと

安室奈美恵引退発表から4日。たった4日前とは思えないほど、いろんな想いが巡った時間だった。

沖縄から成田に着いて乗り込んだ京急線の中で、友達から立て続けにきたLINEや電話。これから最高の沖縄旅行の思い出を話すんだー!って思っていた矢先のニュースは、帰り道の2時間をより長く感じさせた。

気を抜いたらその場に座り込んでしまいそうで、考えない様に考えないように家まで帰ったけど、最寄りのバス停で降りた瞬間に崩れ落ちるように泣いた。

今までで感じたことない喪失感で、失恋直後みたいな全部が遠く見えた。

SNSで流れてくる記事も映像も、この間見たばっかりのライブの映像も、こんな気持ちで見ることになるなんて思わなかった。

でも、この沖縄での25周年ライブがお天気に恵まれて、完璧なパフォーマンスをやりきったら、引退しちゃうんじゃないかって思ってた。なんとなくそう思ってたファンの人は多いと思う。

変な勘も、正直これだけは当たって欲しくなかった。。でもどこかで、やっぱり尊敬していて安室ちゃんらしい決断だなって。潔すぎてかっこよすぎて、泣きながら笑っちゃった。

会ったこともない、話したこともないけど、ずっと支えられてたなんておかしな話しだと思う。でも、あの佇まいもこだわりもほかに代わりのいない憧れだった。

人見知りなところも、前に前に出られないところも、頑固なところも、多分自分を重ねて見ていたんだと思う。自分の劣等感を肯定してくれる存在だったんだと思う。

憧れたから似てきたのか、本質が似ていたから好きになったのか、もうそれは今となってはわからないけど、この人がいなかったら今の私はない。きっと、どこかで適当に暮らしてたんじゃないかと思う。

安室ちゃんが見せてくれたものは、物心がついてから初めて見たキラキラした景色だった。絶望なんて言葉を使えば嘘っぽいけど、全部がモノクロに見えていた私に初めて光を見せてくれたひと。

安室ちゃんがCMに流れるたび、夜もヒッパレで歌って踊るたび、釘付けになって見ていた。(今もそこは変わらないけど笑)

少しでも近づきたくて、厚底靴を履いて小学校に行って、髪はロングのワンレンにして。肌はもとから黒かったからあれだけど笑、前髪を親に切られたときはキレながら号泣した。きっと、憧れを真似ることで、自分を保とうとしていたんだと思う。

 

そんな23年間憧れ続けた人が、引退する。
あれだけ歌って踊ることが好きな人が表舞台から消える。

その意味は、本人にしかわからないし、周りが知る必要もないと思うけれど、とても大きなことだということはわかる。

今も涙は出るけど、今こそ教えてもらった前を向く強さを発揮するときなんじゃないかとふと我に返った。泣いてたら負けだ、って。

引退まで、あと1年。

 

この1年は自分にとってラストスパートだな、と思ってた。4年間お休みしたライブも再開したいし、いろいろと考えていたところで、ショックを受けて寝込んでる場合じゃない。

でも、涙は出る。だから、ただ「がんばる」気持ちだけじゃ踏ん張れない気がした。だから、安室ちゃん引退の日までお酒をやめることにした。

バカみたいな理由かもしれないけど、引退はきっかけにすぎなくて、自分のため。自分の理想の自分に近づくため。今思う景色の場所にいくには、このままじゃ絶対にいけないってずっと思った。

ダイエットしようにも、これ以上の食事制限は体調を崩すから難しいし、運動は制限があるからできない。お酒の量も減らすくらいじゃ、これ以上は痩せられそうにない。というか、減らすとか中途半端なことはできないのは自分が一番わかってる。

「じゃあ、やめよう。」

それだけのこと。

白か黒かしかなくて、いつもグレーなことの方が多いからそこも楽しめるようになりなさいね、と仲の良いお姉さんには諭されるけど、やっぱりここは白黒つけないと、進まないと。変わらないと。

ここから1年はストイックに自分の目標に向かっていきたい。

そして、このタイミングの安室ちゃんの引退を、自分にとっても意味のあるものにしたい。何の関係もないことは十分わかっているけど、そうじゃなきゃこの引退を受け入れられそうになかった。

決して、ショックだからではなくて、前向きな選択なので心配しないでね。笑

沖縄ライブがあったから、なんだかすごくたくさんの人に心配していただいて、恥ずかしいやら申し訳ないやらで、ありがとうございました。気を遣って連絡をしてくれた人も、逆にそっとしておいてくれた人も、ありがとう。

この悲しい気持ちは、自分なりにプラスに消化しています。だから、大丈夫。
最後まで頑張るきっかけをくれた憧れの人を、最後まで応援したいと思います!

 

本当は、一緒にお仕事がしたかった。
それがひとつの夢だった。

安室ちゃんの楽曲コンペのお仕事があるということを今年知ったから、作詞で関わりたいって思ってた。でも11月に最後のリリースになるであろうベストアルバムが出るから、もう引退までにリリースされる曲は決まっているはず。。

でも諦めずに、何かチャンスがないか探したいと思います。

とくべつな時間になった。

6泊7日の沖縄旅行、ついにおしまい。

去年沖縄に来たときもすごくリラックスできたけど、今回はもっと特別な旅になりました。
安室ちゃんのライブを見れたこともすごく大きかったけど、なんだかとても幸せな気持ちで空港に着きました。

ほんとにご褒美みたいな1週間。
こんなに何回もグッとくる瞬間がある旅行はなかなかない。。

安室ちゃんのライブでは、福岡から来た女のコと友達になった。
24歳で薬学部に通っている彼女は、礼儀正しくてしっかりしていて、安室ちゃんライブの待ち時間も一緒に過ごしたり、終わってからはライブの興奮を共有したり。
素敵な出会いだった。

最後の夜は、たまたま入った居酒屋さんの店長さんと安室ちゃん話で盛り上がり、銀テープ(ライブで空から降ってくるやつ)をおすそ分けした。笑
1杯飲んで帰るつもりが、常連さんが声をかけてくださったり、スタッフの方も楽しくてついつい長居。

さあ、これ飲んだら帰ろ!と、思ったら、シンガーのお姉さんとマネージャーさんと先生と仲良くなって。
こっちで飲みな〜とカウンターに入れてもらい。笑

2軒目、3軒目。。と、初対面なのにすごくよくしていただいて。
不思議だったなあ。。

朝起きて、左手首にあったブレスレットを見て、また不思議な気持ちになった。
シンガーのお姉さんがつけていたブレスレットをくれたの。

たまたま居合わせただけなのに、すごく大切な出会いだった。

「こんなことあるんだ。」
っていうことがばかりの沖縄旅行。

本当に幸せな時間でした。

沖縄2〜4日目のこと。

沖縄もあっという間に5日目。

2日目は沖縄に移住した同級生に会ったり、3日目はボイトレスクールで一緒だった沖縄の友達と娘ちゃんと会ったり。みんなそれぞれの場所で生活をしながらも、元気な姿を見れるのはやっぱり嬉しい。

結婚しても出産しても、独身でも。どんな環境にいても、私は彼女たちがすき。たまにしか会えないけど、短い時間でも時間を作ってくれることは、大人になるにつれて本当に難しいことだと思うから、本当にありがたいなって年々思う。

また、今後会うときはお互いどんな風になってるのかなあ。今から楽しみ。

そして4日目は安室ちゃんの25周年ライブ。始まる前から何度もこみ上げて泣きかけて、誰への言い訳なのかあくびしたふりをしてごまかしたりして。

ミスターUSA,Try me,Don’t Wanna cry、BODY FEELS EXIT…もう懐かしい曲ばっかりでイントロがなるたびに泣きっぱなし、飛びっぱなし、踊りっぱなし、歌いっぱなし(迷惑。笑)

今まで生きてきた中で一番はしゃいだ2時間半。
野外だし、25周年だし、安室ちゃんがずっと肉眼で見える距離にいて歌って踊っていて、もう最初っからいつもに増してキレッキレで、でもリラックスしていて、ずっと楽しそうで。
完璧なステージを完成させる!!っていう意気込みよりも、開催を喜んでるんだろうなって勝手に想像したらまた泣けてきたり。。

ライブを見ていて、私は安室奈美恵という存在に支えられてきただけじゃなくて、曲の歌詞もすごく自分の生き方に影響していたことに気付いた。

家庭環境や健康、コンプレックスだらけの人生の中で、生きていくために期待することも何かを望むことも何度も諦めたけど、自分の未来だけは作れるって信じてた。自分で仕事をするようになれば、住む場所も居る場所も選べるんだって、それまでは絶対に腐らないんだって決めてた。

そう思わせてくれたのは、安室ちゃんの曲たちだったんだと、この日のライブを見て気付いた。
『どこへでも続く道がある いつの日か I’ll be there』
『夢なんて見るもんじゃない 語るもんじゃない 叶えるものだから』
『明日をただ守るだけの今日ならほしくない』
『ここまでどんな道を歩いてあなたにやっとたどり着いたかをなにか見えずに だけど何かを見つけたかったよ部屋に1人きり膝を抱えて動けなくたって』

そして、今の私が思っていることととも同じ。

最近のライブでは昔の曲をここまで歌ってくれることはなかったから忘れてたけど、私にとってはやっぱりこの時代の安室ちゃんの曲は特別だった。もちろんキャッチーだったりかっこよかったりする今の安室奈美恵も大好きなんだけど。

書き出したら止まらない。。
とにかく、安室奈美恵という人がいてくれてよかったと思う。

そして、いつか直接お会いできるように自分も頑張ろうと思う。絶対。

沖縄に来ています。

気がつけばもう9月も半ば、すっかり空は秋めいていますが、私は沖縄にいます。

30歳はゴールでありスタートだと確かに思っていたけれど、なんだか最近様子が変わってきた。9月に入ってから、明らかに本当に?ってくらい良いことばかり続いている。

これから、積み重ねてきた点たちがつながっていくんだろうなと思っていたけれど、スルスルと感情も環境も突然つながりはじめた。まだ確定ではないこともあるけれど、驚くことばかり。

やってみたい方向のお仕事が増えたり、自分の曲のアレンジをお願いしたい人がふいに見つかったり、これからがんばろうと意気込んでいた矢先に、よく聞いていたシンガーさんのお手伝いのお仕事の話をいただいた。そして、私の大好きなシンガーであり可愛い姉さんと一緒にお仕事ができるかもしれないという話まで。。

引越しが終わり、ここで生活するなら車が欲しいと思っていたら、車屋の友人がタイミングよく破格でゆずってくれることになったこと。10年の付き合いだから、とおまけにいろいろとサポートしてくれたこと。

突然、事務をしている会社の社長と私の音楽の話しになり、曲を聞きたいと言ってくれて、5年前の映像を引っ張りだしてきたところ、絶賛してくれたこと。人前に立たなくなってから、忘れてた久しぶりのあの嬉しさったら、それを超えるものなんてない。私はやっぱり歌いたいんだとはっきりわかった。

そして、今回沖縄に来た目的は、安室奈美恵さんの25周年ライブを見るため。このチケットが当たったことだけでも嬉しいのに、まさかのセンターの最前ブロックの席でした。。

物心ついたときから「憧れ」であり「光」のような存在で、この人がいなければ本当に今の私はない。可愛さはもちろんだけど、私にとっては「人としてありたい姿」を教えてくれた人。

ぶれない強さと、そこに向かうための努力、ひけらかさない品性と、女性らしさ。見せかけだけじゃ作れない美しさは、安室奈美恵という存在から教えてもらった。

 

台風で飛行機が飛ばないかもしれない、と半べそをかいた昨日は笑い話になり、無事に沖縄にいます。雨風はまだ強いけれど、ライブのある日曜日は台風一過の晴れ予報。それまでは頭の中とお仕事を整理したり、友達と会ったりして充電時間を過ごします。

おまけに今夜の宿はとても居心地が良くて、仕事もはかどりました。世の中には素敵な場所がたくさんあると知るたびに、なんとなく自分が許されていくような幸福感を知る。幸せだな。

そんな沖縄1日目の夜でした。

はじまり。

荷物を片付けて、いらないものを捨てて新しい生活を始めた。

決まるまでも、始めるまでもすごく不安だったけど、そういうタイミングだったんだ。と今は思う。

新しいお仕事の話、これまで勤めた場所のこと、音楽、行きたいところ。あれもこれもと欲張りだから、うまくいかないのかとも思ったけど、そんなこと考えたって仕方ない。

今の自分に合った場所や環境は、自分で選んでいくしかない。

実家を出てから、早6年。久しぶりに顔を合わせた母は、前よりも元気そうに見えた。

30を過ぎて実家に戻るなんて、そう思っていた小さなプライドは、そんな大したことではないのかもしれない。

これからの人生のために、今の自分にとって良い場所を選んだだけ。そして、自分なりの結果を出すために精一杯やるだけ。

待合室での風景。

このあいだ書いた記事、たくさんの方に読んでいただき、拡散やコメント・メッセージもありがとうございました。

Twitterにも書いたけど、書くかどうか悩んだし、誰が読んでくれるんだろう?って思ったりもしたけど、書いてよかった。同じように検査を受けている子がいることを知ったり、同じ独身女性に少しでも安心を感じてもらえたのなら。

まだまだ先がどうなるかはわからないし心配ではあるけれど、この経験を通して感じたことは忘れないでいたい。

一番衝撃だったのは、産婦人科での待合室。産婦人科には過去にも通院したことがあったけれど、こんなにもモノクロに見えたのは初めてだった。

愛おしそうにお腹を抱えて旦那様や家族と診察を待つ女性、一人で静かに待つ女性、様々な年齢の方がいらっしゃいました。

妊娠でもなく、誰かに付き添ってもらうでもなく、ただここに座ってる私は何なんだろう、と思ったりもしました。私が行った病院には診察室がいくつかあって、一番奥にがん診察の診療室がありました。

それを見た瞬間「もう、ここに入って行ったら病名もバレるんじゃん。」と思ってしまった。と同時に、なんだかそれほど今抱えているものが重たいものに思えた。

誰も見ていないと思う、気にもとめていないと思う。だけど、同じこの待合室でこんなにも状況が違う人たちが一緒くたになっている場所はそう多くない。

不妊治療で通っている方もいると思う、私みたいに検査できている人もいると思う。自分の状況が、とかじゃなくてあまりにもその光景が残酷に見えた。

 

そんな光景を見ていたら、30歳を過ぎたら結婚して妊娠が当たり前、実際はそんな世間の流れ当たり前でもなんでもない気がした。

私みたいに、自分の人生が第一で結婚や出産を一番に考えていない人だけじゃなくて、産みたくても産めない人たちもその世間の流れに苦しんでるんだろうなあって勝手に考えてしまった。

そう思うと、やっぱり結婚や出産という流れとは違う自分の人生は、どこか何か大切なものを遠ざけている気がしたりする。

とはいえ。自分で選んでいる人生なので後悔とかがあるわけではないけれど。なるようになっていくだろうし、今目の前にあることをしっかりやっていこうと改めて思うのでした。

period

しんどいときにそばにいてくれたり、話を聞いてくれた人とお別れをしました。これまでにも何度もそういった瞬間はあったけれど、これからの自分のために終止符をうちました。

たくさん笑わせてもらったり、今でも心から楽しかったなと思える時間を過ごせたことは、とても感謝しています。

自分らしさを貫く人だからこそ、私も自由でいられたし、相手のために感情を打ち明けることの大切さも知りました。

人に自分のことや感情を話すのが苦手な私が、気付いたら泣きながら打ち明けられたこともたくさんあった。

長く続かないように、落ち着いてしまわないようにと、恋愛と向き合うことを避けてきたけれど、やっぱりそういうめんどくさいことで関係が築いていけることも思い出した。

綺麗に繕って、いいところばかりを見せようとしてきたけれど、自然体で過ごすことでこんなにも距離が近づくんだってわかった。

 

お互いが自由に自分らしくいられたらいい、と思ってた。

でもそれは、『相手があること』が前提のこと。そのうえで、お互いが許して認めているから自由にできること。

その境界線を超えてしまった。

 

私の中でのボーダーラインを、彼はひとりで飛び越えて行ってしまった。その選択を否定するわけじゃない。

だけど、それは私不在の選択であって、無関係だった。理解したいと思うラインを超えて行ってしまった彼を追いかけられるほど無垢にもなれないし、その選択はできなかった。

 

本当にとってもたのしい時間だった。

ひさしぶりにこんなに素の自分で過ごしたから、そんな存在を手放すってことは、くだらないことを報告する人も、辛い時に寄りかかる人も手放すってことで。

夜通し泣いたのに、もういないんだ。と思うとまだ涙は出る。

それほど、大切な恋になっていたんだと思う。

そんな恋ができて、よかった。

 

胸の中がぽかんと空いたら不思議なくらい、身体が軽くなった。

だからきっと、この選択は間違ってなかったんだと思う。

この空白のなかに、また新しい風が吹いて色がついていくことで見える景色はきっとまた違う感情を教えてくれる。

 

とっても楽しい時間をありがとう。お元気で。

私は、焦っていたのかもしれない。

世間はお盆休み真っ只中ですが、私は自宅で時間ができたらやりたかったことをちょっとずつやりながらのんびり過ごしています。

ただ、タイムラインを流れる楽しそうなツイートに、ついつい羨望の眼差しを向けてしまい集中力が途切れています。笑

人は人、と思っていても、やっぱりどこかで自分の暮らしと比べてしまったりもするものだよねえ。。

4年前にライブ活動を休止したとき、自分で決めた決断だったけど、あの頃同じステージや活動していた人がメジャーシーンに出て行ってる姿を見てると、私は逃げたんじゃないか、って思う時がある。

作曲を先に仕事にしたい!と意気込んでみたものの、作曲だけで生きている人のクオリティには到底辿り着けそうにないことを知って、自分がそこに対する努力もできない事実もわかった。

それがわかった今、私に何ができるのか?何がしたいのか。

それが形にならなくて、書いては消してを繰り返してる。だから、もやもやと考えて、また書いては消してを繰り返すしかない。

夫婦や親になっていく友人、仕事で成功する人たち、そんな変化を私はとても宙ぶらりんなまま眺めている。

でもこの間、そんな友達から「ゆいちゃんは、たのしいやろ?だって、自分の書いた言葉がいろんな人に読んでもらって、影響を与えてるやん!すごいなあ!」と、くったくのない声で言われた。

自分なんてまだまだで、なんにもできてない。と思ってた。家庭を守ることすらできなければ、誰かの人生に責任だって持てない。ただ、好きなことをやってきただけ。

それでもそんな風に言ってもらえるのは、ライターというお仕事に出会えたおかげ。

自分に何ができるのか、まだ模索している最中だけれど、焦らずにいこうと思います。

限度額適用認定という制度に守られてること。

これまでに、病気と医療保険について2つ記事を書きました。

子宮頸がん検査のこと。

医療保険という『安心』を買った。

そして、今回は国民健康保険の『限度額適用認定』という制度について。簡単に言うと、所得に応じて医療費の請求を制限できるというものです。

内容は表にまとめてみました。


※見やすくするために細かい条件などは割愛しています。詳しくは国保などご加入の保険に問い合わせてね。

世帯収入金額に対して「自己負担限度額」の金額が請求額の上限になるんです。だいたいの人は57,600〜80,100円の負担額にはるのではないでしょうか。

これを見たときに、正直「よかった、払える。。」とすごくホッとしました。国保だけでなく協会けんぽにもある制度です。

<申請方法>
郵送でも対応できるようですが、市町村の役所や出張所で申請ができます。
私は、居住地の行政サービスの窓口で、書類を書いて、保険証を提出して10分ほどで完了。書類も名前や住所などを書くだけで、保険証を発行してもらうときみたいな簡単な手続きでした。

保険の営業の方には、発行に1週間かかるから早めに手続きしておいてくださいね。と、教えてもらっていたのですが、その場ですぐに発行してもらえました。とくに詳しいことを聞かれることもなく、「手術ですか?」の一言だけでした。

『限度額適用認定証』は1年間有効で何度でも使用可能だそうです。必要なときに申請ができるので、手術が決まってから役所にかけこんでも間に合うみたい。

 

医療保険や限度額の制度とか、こんなに大切なことを知る機会がないんだろうって思ったんです。こんなに情報があふれてるのに、まったく知らなかったのが不思議で仕方なかった。

だから、あまり自分の健康状態のこととかを書くのは躊躇していたけど、書いてみることにしました。

誰かの小さな不安が少しでも和らいでいたらいいな、と思います。

医療保険という『安心』を買った。

さて、前回の「子宮頸がんの検査のこと。」の続きを書いていきたいと思います。

検査結果が出て、実際に”手術をします”という宣告を受けてから、まず一番の心配は「お金」でした。

いくらかかるの?払える金額じゃなかったら、入院になったらどうしよう。。

何の知識も備えもない私の頭のなかはプチパニック。暮らしていくのにもやっとな独身フリーランスは大慌てでした。

しかし、どうすることもできず、手術の日を待つことしかできないと思ってました。

そんなこんなで過ごしている中で、たまたま話題にあがった「医療保険」の話。どうやら入った方が良いし、持病がある人でも入れるものがあるらしい。(CMではそのフレーズ聞いたことあったけれど、何故かあんまり信用してなかった)

保険ってなぜか、「売りつけられる」っていうイメージで、私はちょっとこわいとすら思ってました。

でも、実際に話をちゃんと聞いてみると、自分のために自分でお金を入って払うものだから、売りつけるも何も「安心を買う」ってことじゃんと、プランナーさんの話を聞いて、不安は一蹴されました。

結果的には、できるだけいろんなプランナーさんに話を聞くのがベストだと思いますが、まずはどこかの保険の窓口的なところに問い合わせてみるのがおすすめです。(プランナーさんによって知識量やアプローチが本当に違うので)

まずは、自身の健康状態や年齢などを元に、保険を選定してもらいます。過去何年か通院・入院歴がなければ選択肢はぐんと広がって安くなります。

そして、年齢が若いほど保険料は安いです。1年ごとに金額が少しずつあがっていくので、私は誕生日直前に滑り込みました(笑)

ざっくりと内容の違いはこんな感じ。
・入院費用の保障金額
・通院費用の補助の有無
・支払い期間(終身or期間を決めて支払う)
・死亡保障の有無 などなど。

選ぶ基準としては、保険によって手厚いところが違うので、自分が保証してほしいものが強い保険に入るのが一番。掛け捨てじゃなかったり、全額返ってくる保険もありました。

私の場合は持病と検査中ということがあるので、入れるものが1種類しかなかったのですが「支払い期間」だけは選ぶことができました。その「支払い期間」には2種類あります。

<29歳の私の場合>
①終身払い:29歳から死ぬまで、毎月一定金額を支払う。
⇛払っている間のみ、保証の対象となるので、払うのやめたら保証は消滅。その分月々は安い。

②期間を限定:希望の支払い年数を決めて支払う。
⇛支払い期間は決まっていても、保証対象は終身なので、20年間で払い終わっても保証は死ぬまで。月々の金額は高めだけど、総額は終身払いより安い。

私は、病気の不安に加えて、将来の不安がすごくあったので29歳〜49歳までの20年間で支払い終えて、終身保証のプランにしました。50歳までなら、月1万円払うのは難しくないかなって。年金だってもらえるかわからないし、これなら何かあって入院しても大丈夫だって。

というわけで、私は月1万円ちょっと×20年間の保険料でこれらの保証を買いました。
・病気の入院保障 10,000円/日 (契約初年度は半額)
・怪我の入院保障 10,000円/日 (契約初年度は半額)
・手術を受けたら  100,000円/回 (契約初年度は半額)
・死亡した時   入院給付金日額×10 (受取人は自分で選べます)

これを高いと感じるか、安いと感じるかは人それぞれだと思います。ずっと健康だったとしたら、掛け捨てになってしまうから。私は、20年間でこれからの安心を買えたら安いと思っています。

 

またこれは詳しく書こうと思いますが、一般的な入院に必要な費用は1日3,000〜10,000円だそう。なので、入院したとしても保険の保証期間内であればほとんど保険でまかなうことができるんです。

そして、国民健康保険の『限度額適用認定』という制度で私たちは守られているんです。これについては、このあと書いていきたいと思います。

読んでいただき、ありがとうございます。